■基礎デザイン学会概要


 
「基礎デザイン学会」設立趣旨

[「基礎デザイン学会」設立への契機について]
  デザインの基礎研究や基礎学の必要性から、「基礎デザイン学」という新たなデザイン理念の提唱によって、「在来の分野別デザイナーの養成ではなく、総合的見地から、諸領域の関連性をふまえてデザインの諸問題を追求しうる可能性に開かれた新しい型(タイプ)の人材−プランナー、デザイン研究者など−を育成する」として、1967年4月に設立されました武蔵野美術大学・基礎デザイン学科は、昨年4月に創設満30年を迎えました。そしてこの間、基礎デザイン学科の教育・研究活動とその教育理念を体現する卒業生たちの活動の成果は、在来のデザイン領域を超え、あるいは他の問題領域や学問領域との連携において、デザインの研究や実践活動に新しい可能性や領野を切り拓いてきました。
 ちなみに、基礎-デザイン学科設立の同時期には、期せずして自然科学の領域において、従来、純粋理論か応用技術かの区別で捉えられていた理学と工学の領域を新しい考え方で再編した「基礎工学」部が大阪大学に設立されました。そこには、対象領域こそ異なれ、「基礎デザイン学」と共通する問題意識と時代認識があったと考えられます。
 この基礎デザイン学科創設30周年という機会に、私たちは、歴史を振り返りつつ、デザインがそしてデザイン教育が新たに担うべき役割と課題を再点検して、21世紀への展望を拓くために、教育スタッフ、卒業生、在学生が一体となったプロジェクトとして、運動としての「基礎デザイン学30年」の蓄積と意味を、一年余にわたる月例研究会や海外からの招待講演者を交えた公開記念コロキウム『デザイン学からの提言』などの活動を通じて、多面的に検証してきました。
 こうした活動を通して、私たちは、次世紀に向かって、さらにデザインの新たな問題群を切り拓き、それらを解決していくためには、総合的見地から、このような「基礎」という理念に立つ「生成するデザインの知」が、今日こそ、いつそう重要であるという認識にいたりました。しかもそれは同時に、関係者だけでなく、公開コロキウム参加者などの反響や、問題を共有する内外のデザインならびに関連領域の研究者などの声を含めて、「基礎デザイン学」という構想が、単に教育の場にとどまらず、広く社会的な場において、現代の生活世界の切実な多くの問題の解決に、十分応えうる力をもった豊かなデザインの知を、たえず探究し形成していくための共同の「生成空間」ともいうべき自由な研究・討議の場として開かれていく必要性がある、と強く認識されました。そこから、「基礎デザイン学会」設立への要請が高まってきたといえます。
 以下に、1967年の「基礎デザイン学」の提唱の背景、基礎デザイン学理念の歴史的文脈、基礎デザイン学の課題、基礎デザイン学会の目的などを記し、「基礎デザイン学会」設立趣旨案といたしたいと思います。

[基礎デザイン学提唱の背景−世界認識とデザインの視野]
 先の検証を通して、この「基礎デザイン学」というデザイン理念は、むしろ21世紀を目前にして、すぐれて今日的なあるべきの知の主題であるということが確認されました。その第一の重要な点は、この理念の根底に、すでに「デザインの終焉」を告げる「ポストデザインのデザイン」と呼べるラジカルなデザインの新しい認識が含まれていたからだ、と考えられます。1960年代の後半は、すでにデザイン終焉の時代であったといえます。高度経済成長のなかで、すでに、デザインはもっぱら消費の対象となり、工業先進国の物の過剰や南北格差、環境汚染などの問題も急速に顕在化していたからです。基礎デザイン学の提唱は、そのような世界認識を前提としていました。
 ローマ・クラブによって「人類の危機」として『成長の限界』が提示されたのは、それから間もない、1972年のことです。それは、科学技術の進歩によって近代が求めてきた豊かさへの指向は、人類全体の幸福に必ずしも結びつくものではなく、むしろ、人類はその生存上、きわめて重大な危機に直面しているのだという事実を明らかとし、将来の人類社会の在り方を根本的に問うものでした。
 そこで、差し迫った問題として検討された天然資源やエネルギーの枯渇、人口の増大、食糧危機、環境汚染、過度な消費、廃棄物の増大、地球上の地域格差の増大、青少年の疎外感、増大する社会不安、伝統的な価値の崩壊−などの状況は、次世紀を目前にして、さらに、たとえば、ダイオキシンや環境ホルモンなどの新たな深刻な問題を加えて、いっそう切実な問題となっています。
 デザインは、もはやこれらの問題の認識やそれらの解決に応えうる知の探究なしには存立しえないでしょう。21世紀は明らかにポストデザインのデザインの時代です。ここに、あらためて「基礎デザイン学」の提唱と次なる運動の推進が要請されているというのは、そのような新たなデザインの知の研究と、デザインについての認識の変革とその普及のためだといえます。

[基礎デザイン学の理念の歴史的文脈について]
 近代の芸術運動として出発した近代デザインの成立期には、「芸術と技術の統一」という課題が提起されましたが、急速にテクノロジーが進展した第二次世界大戦後、20世紀半ばのウルム造形大学の問題提起で代表されるようなデザインの課題は、「芸術と科学の統一」ないし「芸術と工学の統合」という観点で理解されてきた面があるといえます。この文脈での理解が1968年に、日本でデザイン教育の変革をめざして、九州芸術工科大学が設立され、「芸術工学」という概念が提起された背景をなしていると考えられます。
 一方、ウルムの問題提起についていえば、それは、「芸術と科学ないし工学との統一」というより、むしろ「デザインと科学の統合」を目標としたのだというほうが正確だといえます。いいかえれば、とくにデザインと自然科学および実証主義的な知との緊密な連携が重要視されたのだといえます。
 しかし、1960年代後半のデザインの終焉への時代にあっては、近代のプロジェクト、社会改革の手法として誕生した近代デザインの原初的な意味、その社会性と変革の理念が、新たな次元で、再び提起されていかなければなりませんでした。
 1967年に提唱された「基礎デザイン学」とは、新たな社会的デザインと変革の理念として提起されたのだといえます。あらためて「デザインとは何か」が追求されていかなければならないでしょう。そのためには、芸術と科学、芸術と工学との統合というだけでは決して十分とはいえません。ただそれだけではなく、問題をデザインの変革の課題として捉えるのならば、歴史的にも「芸術」と「科学」の統一という「芸術」の課題として捉えるのは、もはや正確といえず、課題は当然「デザインと科学の統合」であるべきだといえるでしょう。
 しかし、先述の1960年代後半の時代認識と問題群に対峙しては、そして、デザインがあまりにも産業主導の販売政策やその細分化と結びついて発展を遂げた日本にあっては、デザインと産業の在り方も、デザイン側から変革のための問題を提起していく必要があったといえます。デザインが、自然との共生の理念を根底にすえて、人間の「生」の全体性に関わる生活世界形成の課題を目標とするのであれば、デザインは、自然科学との連携だけでなく、さらに人文・社会科学をふくむ広義の精神諸科学との緊密な連携をもつ、総合的な新しいデザインの知の在り方が探究されていかなければなりません。「基礎デザイン学」科の設立は、まずそのような課題に応えようとするものでした。

[トランスディシプリナリーな構想としての基礎デザイン学]
 先の課題に応えるために、「基礎デザイン学」科では、設立にさいして、デザインの問題やその実践的な方法論の展開について、基本的なデザイン専門科目のほかに、哲学、文化人類学、社会学、心理学、論理学などリベラルアーツとの積極的な連携を推進するとともに、まったく新しい特色として、次のような学問や方法論との連関においても積極的に探究していくことが可能なカリキュラムを編成しました。たとえば、記号論、デザイン史、技術史、インフォメーション美学、サイバネティックス、形態学、色彩学、視覚方法論、表示方法論、エルゴノミィックス、メカニズム論、映像工学、トポロジー、言語学、音声学、コミュニケーション論、文体論、経済学特論、社会学特論などを挙げることができます。
 こうした「基礎デザイン学」という構想のもとで、この間、新しいタイプのデザイン制作はもとより、デザインの問題が上述の学問との連携を図ることによって初めて展開可能な(その学問固有の研究領域や方法からは生まれ難いと思われる)興味深い境界領域的・領域横断的な、あるいは発見的・実験的なともいえる新しい魅力的な制作・研究の成果やフィールドが生み出されてきました。
 二三の具体的な例を挙げるならば、形態学、色彩学、視覚方法論、心理学などの連関からは「色と形の相互作用」をはじめ、さまざまな「知覚の現象性」に関する制作・研究、あるいは、近年その必要性が提唱されている「造景学」を基礎づける基本原理のひとつ「環境色彩」などの先駆的な研究や計画方法論の確立という方向への展開、あるいは、現代の人間疎外や高齢化社会を主題とし、形態や色彩によるアートワークを媒介とした痴呆性老人との親密なコミュニケーションによる痴呆の快癒への試みといった、まったく新しい社会的、生活的、文化的、心理的、臨床医療的な「プロセスとしてのデザイン」への展開や研究なども生み出されてきました。
 記号論と他の連関からは、文化記号論的なデザイン現象や歴史の解読のほかに、デザインサーベイ、設計プロセスや設計方法論の研究、ビジュアルコミュニケーションのためのさまざまな(非言語的な)図的言語の開発、コンピュータによるアイコンのデザインやデーターベースの構築システムなど、きわめて多岐にわたる制作や研究、あるいは研究フィールドが開拓されてきました。
 デザイン史と他の連関からは、欧文モダン・タイポグラフイーと日本のタイポグラフィーの基本的な考察をはじめとするタイポグラフィー研究、人間の身体−手とか足−を視座として文明史的に展開されたデザイン論からの現代への問題提起、グッドデザインの視点ではなく、生活者の社会的知覚から捉えた戦後日本のデザイン史や日本近代デザイン検証のための新しい調査研究などの試みが生み出されてきました。
 そのほか、社会学と他の連関においては、地域社会の生活、文化、技術、産業との関連で、新たなデザインの課題を提起していくような政策研究や問題解決の方法論、地方行政とデザインの関係学的な研究など、生産、情報、生活形成、環境形成にかかわる多くの新しいデザインの研究テーマや問題領域が切り拓かれてきました。以上は、その新しい研究領野の一端を示しました。

[新しいデザインの知の生成装置としての基礎デザイン学]
 この30年の過程においては、上述の教育・研究の在り方はたえず点検され、時代に即して自己再編化がおこなわれてきましたが、「基礎デザイン学」の「基礎」とは、上述のように問題をプロセスやリゾーム的関係性において探究する広い地平に開かれた新しいデザインの知の生成装置であり、この間、社会変革に即しながら、デザインの各専門領域に通底し、かつそれを超えて、新たな問題や思考の水脈をたえず掘り起こしていくような生動的な概念装置としても作用してきました。
 今日の高度情報社会といわれるマルチメディアなどの新たな技術革命のなかで、私たちの生活世界や社会はどうあるべきか、あるいは、私たちはいかに「共生」の思想を具体化すべきか、あるいは、いかに「生」の全体性を再生しうるか、あらためてデザインの社会性やデザインの革新性、そのためのデザインの学術的追求や議論の展開が広く求められているといえます。それなくして、デザインの存立や意味はもはや在りえないでしょう。基礎デザイン学とは、まさにそのような変革の理念とその具体化や運動の推進装置としても提起されてきました。私たちは「基礎デザイン学」という概念で、あるべき「デザイン」と「デザイン学」の新しい在り方を追求してきているのだともいえます。今日のデザイン状況といえば、デザインはいっそう消費の対象になり、単なる市場競争の具に化しています。デザインの学術的な研究も、一般的には、デザイン固有の領域内であまりにも研究の細分化が進んで、単に研究だけが自立している傾向にも見えます。
 あらためて、デザインとは何かを考え、さらに現代の切実なデザインの問題群に対応していくためには、「基礎デザイン学」の構想が、その教育・研究において試みてきた諸科学との連携をベースとして、多様な視座から、広い意味での新しいデザイン知の探究を志す人々−関係領域だけでなく、多様な知の領域−に広く開かれた研究や討議や交流の場として共有され、展開、形成されていくことが、今日強く求められているといえます。いいかえれば、今日、根本的に、デザインのパラダイム・シフトが要請されています。「基礎デザイン学」とは、デザインの新しいパラダイムを基礎づける知の生成装置であり、「基礎デザイン学会」設立の趣旨は、そのような文脈に基づいているのだといえます。今日、一方では、「デザイン」という概念は、カルチュラル・スタディーをはじめ、人間環境学や情報環境学など、多くの新しい知のフィールドからのまなざしが、交叉あるいは収束する、いまひとつのまなざしとなっているのではないでしょうか。「基礎デザイン学会」は、そのような多くの知のフィールドからの参加と連携を積極的に求めています。

[基礎デザイン学の課題−グローバルとリージョナルな視座]
 「基礎デザイン学」の展開にあたり、近代デザインの歴史的文脈からいって、これまで、私たちはひとつにその歴史を多面的に批判・検証することによって、「デザイン学」形成の探究を行ってきました。これまでに、「現代デザインの水脈−ウルム造形大学」世界巡回展、「バウハウス創立75周年記念シンポジウム−デザインと知の変革」やその関連シンポジウム「転換期のデザイン理念」など多くのプロジェクトを、絶えずグローバルな知とのコラボレーションによって推進してきたのは、そのためです。したがって、「基礎デザイン学」の展開は、たえずグローバルな視座から、国際的な連携において推進してきました。こうした国際的な学的交流や情報の交流はますます重要だといえます。
 基礎デザイン学会もまた、デザイン学、デザイン関係諸学の開かれた国際的な交流、連携の場として展開していきたいと思います。
 今日、デザインの問題はテクノロジーや環境問題などによってますますグローバルな課題となっていきますが、一方同時に、リージョナルな問題、地域性、地域文化とデザインの問題が、いっそう重要な課題となっているといえます。その意味では、西欧的な近代デザインの理論的フレームでは、必ずしも捉えきれないアジアにおけるデザインの課題や日本における地域文化とデザインの課題などに対する知の枠組みの学的追求も、いっそう重要なテーマとなるといえます。そのためには、デザイン学の観点では、必ずしも開かれていたとはいえないアジア諸国との積極的なデザインの学的研究の連携や交流の推進が必要であると考えます。
 国際的な交流の上では、私たちはデザインの問題を自国の文化的アイデンティティーとして、どのように捉えていけるかが問題となります。そしてまた、私たちは、欧米から受容してきた近代デザインの日本における発展のプロセスやその特質と日本の伝統文化との連関性をどのようにして捉えているかということも問題となるでしょう。また、東洋や日本古来の自然観や宇宙観とデザインの関係性についても自覚化されていなければならないでしょう。「基礎デザイン学」はグローバルな視点に立ち、同時に、そのようなリージョナルな文化の課題を研究フィールドとして積極的に包摂してゆきたいと考えます。

[基礎デザイン学会の目的]
1)「基礎デザイン学」についての共通認識を確立するとともに、その概念のもとで可能性に開かれたデザイン学の形成を図ります。
2)デザインに関する学術的な研究ないしデザイン学の形成を、総合的な観点で、関係諸科学との連携において探究することを推進します。
3)デザインとは何かを追求します。
4)デザインに関する学術的研究の振興とデザインについての情報の交流を図ります。
5)国内および海外のデザイン関係機関や海外のデザイン関係者との交流や連携を図ります。

 ここに、デザインの生動的な基礎学としての「基礎デザイン学」の社会的な確立をめざし、そのような生成するデザインの総合的知の交流の場として「基礎デザイン学会」を設立したいと考えます。

1998年3月

「基礎デザイン学会」設立準備会代表
 向井周太郎